ここは、都会の喧噪から引き離された知る人ぞ知る老舗スナック。
夜な夜な少なの女性が集い、想いを吐露する隠れた酒場。

確かに近年、女性が活躍する場は増えて来たように私も思う。

自由に生きていい。そう言われても、

「どう生きればいいの?」
「このままでいいのかな。」
「枠にはめられたくない。」

私たちの悩みは尽きない。

選択肢が増えたように思える現代だからこそ、
多様な生き方が選べる今だからこそ、
この店に来る女性の列は、絶えないのかもしれない。

ほら、今も細腕が店の扉を開ける気配。
一人の女性が入ってきた……

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」の周防さん

周防苑子(以下、周防) こんばんは。

── いらっしゃい。

周防 やっと、来れた。

── え?

周防 ずっと、このお店にきたいと思っていたんです。

── あら、うちのお店を知ってくれていたのね。うれしいわ。

周防 この、ハコミドリをママに見てほしいと思っていて。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」

── ハコミドリ?

周防 廃材のガラスで作ったハコに、「ミドリ」を、つまりは植物を組み合わせて作っている私の作品です。

植物って、圧倒的なんです。46億年かけて完成した姿で、ずっと、ただそこに存在し続ける。私は、ハコミドリを作っているけれど、実質的にはなにもしていないんです。植物の素晴らしさを、切り取って、伝えるだけ。

── ふうん……? 素敵ね。時間を、閉じ込めているみたい。

オーガニックのりんごを使って、ホットワインを作ったの。たっぷりと飲みながら、あなたと、そしてハコミドリについてゆっくり教えてちょうだいな。

人生を賭けて打ち込む「なにか」を探していた

── ハコミドリについて、もう少し詳しく教えて。

周防 2014年11月から始めた、私のソロプロジェクトの名前です。私の実家は滋賀県にある花屋で、その一角を作業場所にして、ひっそりと作り始めました。

これは、サボテンや多肉植物を主に植える「観葉箱」。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」
観葉箱

周防 こちらは、ドライフラワーなどを入れて、植物の力だけで固定させた手入れのいらない「植物標本」。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」
植物標本

周防 これらの植物はすべて、信頼のおける農家さんなどから仕入れています。また、「ハコ」はすべて、地元である滋賀県で手に入る、捨てられるはずだった廃材から作っています。

── 廃材。

周防 廃材です。なぜ廃材だったのか、と聞かれたら、実は特に理由はないのですが……単純に、「こんなにきれいなものを、捨ててしまうの?」と思ったんです。廃材を探しにいったのではなく、たまたま訪れた親戚のガラス工場で、偶然出会って。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」の周防さん

周防 ガラスを磨き、カットして、銅のテープを巻いて、ハンダコテを使って溶接して……すべてがほぼ未経験のことだったので、技術を体得するのは大変でしたが、とても楽しくて。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」の周防さん

周防 小さい頃から、打ち込めるもの、人生を賭けられるものをずっと探していて。いろいろなコトやモノ、場所に興味を持ってきましたが、有り余るほどの情熱を傾けきれるものに出会った、と言い切ることができなくて……。

焦った時期もありましたが、やっと見つけた、自分だけの表現が「ハコミドリ」だったんです。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」の周防さん

自然な姿を切り取って、ひとつずつ閉じ込める

── 植物に、思い入れがあるのね。

周防 はい。でも、昔から思い入れが深かったわけじゃないんです。むしろ、実家が花屋だったから身近にありすぎて、意識を向けることがなかったくらい。

でも、10代から20代にかけていろいろな世界を見た結果、27歳で原点回帰をして、植物と一緒に仕事をすることになりました。

── 原点回帰……。身近にあるものは、意外と気が付きづらい。だれかが声高々に、言っていたわ。わからないのよね、大切なモノって、意外に。でも、あなたは気が付いたのね。あなたが産まれるずっと前から、変わらない姿でそこに在る「ミドリ」の魅力に。

周防 「ミドリ」が大好きです。花よりも、好き。花は、すこし直接的すぎると思っていて。もともと植物は風に乗せて種を飛ばして、繁殖してきた生き物。けれど花が生まれたことによって、花に魅了された虫たちが種を運ぶようになった……と一説では言われています。

ということはですよ? 虫たちは花に夢中なんです。メロメロなんです。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」の周防さん

── メロメロ……。

周防 すごく「エロス」感じませんか。花は、女性に例えられることも多いですよね。

私は花の直接的な美しさよりも「ミドリ」の、素朴なのに赤や黄色、ピンクといった鮮やかな花を咲かせるかもしれない可能性、意外性を持っているところに魅力を感じます。

私が一番最初に惹かれた「ミドリ」は、じつはサボテンなのですが、サボテンって一生に一度は必ず花を咲かせる植物だといわれているんです。でも、これも諸説あるのですが、いつ花が咲くのかは、はっきりしていない。

いま目の前にあるサボテンの花は、明日咲くかもしれないし、もしかしたら私が死んだあとの世界で咲くかもしれない。誰も確実なことは分からない。とても不思議だと思いませんか。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」の周防さんが愛するサボテン

── 不思議ね。

周防 それに植物って単純に造形がおもしろいと思うんです。葉脈だけでもよく見ると曲線とか色とか動き、すべてが独特で、完成されている。

私はまだ、たかだか26、7年ほど生きているだけですが、植物たちは46億年という歳月をかけて現在の姿にたどり着いています。

写真-15

周防 敵うわけがないんです。

そうした事実に気がついた時、ハッとしたんです。だから私はミドリの魅力を、私ができる最大限のパフォーマンスを用いて、だれかに伝えていきたいと思いました。

女性にも男性にも、日本中、いや世界中の皆さんに。ただそこに在る「ミドリ」の圧倒的な造形美を、人工的な細工を一切加えずに、農園の姿そのままを切り取って、伝えたい。それが誰かの心に響くことを願って、まずは手のひらにのせてもらえるような形で作り始めました。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」

── ふぅん。なるほど、それがあなたの言う「ハコミドリ」、なのね。今はどれくらいの量を作っているの?

周防 さきほど少し申し上げた通り、実家の花屋で少しずつ手作りしています。でも活動を始めてから1年が経って、徐々にハコミドリの認知が広がってきました。

最近ではいろいろな場所で展示会をさせていただいたり、雑誌の取材を受けさせていただいたりと露出の機会が増え、それに伴って注文も増えてきました。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」

周防 現在のスペースでは手狭になり、またもう少し多岐にわたる活動、たとえば地域と絡めたこともしていきたいなと思っているので、いまはその目標に向けて新たに動き始めているところです。

── そうなの。頑張りなさい。人生には、風が吹く時期があるから。風と、波に乗って、行けるところまで行きなさい。どこへ向かうかは、たどりついた先で十分に考えればいいの。

周防 ……はい(?)。

8年越しに見た地元は、生まれ変わろうとしていた

── 実家は滋賀、といったわね。活動の拠点は、滋賀県なのね。

周防 そうなんです。2014年に、8年ぶりにUターンで東京から地元に戻りました。実家を出たのは18歳のときで、「ハコミドリ」を始めたきっかけは、Uターンなんです。

久しぶりに地元で毎日を過ごしたら、それまでに抱いていた滋賀県のイメージが、がらりと変わりました。

農業や地域産業の新しい可能性を模索するべく、さまざまなことにチャレンジするユニークな人たち、Uターン・Iターンの移住者が、地域を盛り上げていく姿。私が地元を出た頃にはなかった滋賀エリアのガイドブックや、おしゃれなカフェ、クリエイターのアトリエ……。

刺激を求めて東京に出て行ったはずなのに、それと同じ、いやもしかしたらそれ以上のわくわく感が、私の地元に生まれつつあるのかもしれない、と感じたんです。

ハコミドリの活動拠点の近く、琵琶湖の風景
ハコミドリの活動拠点の近く、琵琶湖の風景

── 地元を出てからは、なにをしていたの?

周防 京都の大学でメディア論を学びつつ、サマースクールで陶芸をしたり、大好きな雑誌づくりに関わろうと、出版社でアルバイトをしたり。卒業後は、東京都内でアパレルや、ウェディングジュエリーのPRの仕事をしたり……人よりも興味の範囲が広いので、いろいろなことに積極的に携わっていました。

好きなことはなんでもやりたい。東京にはなんでもある、なんでもできる。

そう思って過ごしていたけれど、いつからか、「なんでもできるけど、なんにも出来ない」、「私は、誰かが用意してくれた娯楽を消費しているだけなのでは?」。そういった思いも芽生え始めました。充実感の中に隠れた虚無感とも言えるさみしさは、なんだろう? と思って。

── ふうん……わかる気もするわ。

周防 わかりますか?

── もしかしたら、あなたくらいの年頃の子は、みんな一度は思うことなんじゃないかしら。夢は、追っている間が夢なのであって、振り返った時には、ある部分が終わっている。

周防 そんなものですかねぇ……。

でも、東京でそうした思いを抱いていたからこそ、地元に帰ったらなにかを始めたい、自分の手でなにかを創りあげたいとは思っていて。最初は滋賀県に関するメディアを作るのもいいなぁとかって思っていたんです。でも、いろんな偶然が重なって、ハコミドリに。

── 結実したのね。

周防 そうですね。……あぁ、そうだ。私、ハコミドリを始めてから、人とより深い会話ができるようになったと思っているんです。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」の周防さん

── より深い会話?

周防 もちろんいままでも、たくさんの方とお話してきましたが、でもどこか表面的というか、上っ面だけの返ししかできていないときがあったと、あとになって思うことがあって。

ハコミドリという媒介があることによって、私は今までよりも多くの方に出会えるようになりましたし、共感や相談、未来や過去の話ができるようになりました。

── そうね、自分が魂を込めて作ったものは、ある意味であなたの分身みたいな役割を担ってくれることがあるから。あなたが語らなくても、そのモノが大なり小なり語ってくれる。コミュニケーションがとりやすくなったり、より遠いところへ行きやすくなったりするわ。

周防 そのとおりだと思います。いま、本当に楽しいです。やっと、見つけた、って感じです。だから、まだまだ頑張りたい。始まったばかりだけど、やりぬいてみたいなぁって。

── いいと思うわ。頑張りなさい。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」

── つらくなることは、ないの?

周防 ありますよ、私、実は凄く根暗なので(笑)。でも最近は、凹んでいても仕方ないなって思えるようになってきました。

あと私、なにかやっていないと、落ち着かないんですよ。会社員時代も、休むのがあんまり得意じゃなくて(笑)。平日の仕事終わりだとか、土日も仕事したくて……もう今日は帰っていいよ、とか、休みなさいとか言ってもらっても「えっ、まだやりたい」って。

── 生きる意味を、探したいのね。

周防 そう……かな? だから、ある日「仕事を自分で創れたら、すごく楽しいのではないか?」と気付いたときは、わくわくしましたね(笑)。

── その熱量はどこから出てくるものなのかしら。

周防 熱量、感じていただけるんですか? うれしいですが、自分ではよくわかっていないかもしれません。

もちろん情熱はあるし、生きていることの楽しさも毎日感じますが、でも焦りとか、後悔の念もありますね。

── あら、どうして?

周防 だって、植物の魅力に気が付くのが遅くないですか? 生まれた時から花屋なのに、個人としてきちんと植物とふれあい始めたのが、最近だなんて。

── そんなことはないと思うわ。早すぎるも、遅すぎるも、長い時間の経過の中では、大差ないこと。道を信じて、進みなさい。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」の周防さん

【かぐや姫の胸の内】いつか月に帰ってしまうとしても

── たくさん話したわね。最後に1つだけ聞かせて。かぐや姫は月に帰ってしまった……。もし明日、月に帰らなければいけないとしたら、あなたはどうする?

周防 月に、ですか? うーん……。どうするかな。みんなに手紙を書くかな。お世話になった人に、ひとりずつ。

── いいわね。

周防 それまでに、野望も達成したいなぁ。

── 野望?

周防 ハコミドリをもっとたくさんの方に知っていただいて、より多くの方に手にとっていただきたい。そして、「ミドリ」の魅力と大切さに、気が付いてほしい。そのために、もっと大きな作品も手がけてみたい。

それも、もちろん大きな目標のひとつではありますが……。

ハコミドリの拡大版として、空間そのものを、「ミドリ」で埋め尽くす、オールグリーンでやる、という野望もあって。以前大阪の「名村造船所跡地」というイベントスペースをデコレーションしたときのようなことを、もう少し力を入れてやっていきたいなぁと思っています。

「名村造船所跡地」をデコレーションしたときの様子
「名村造船所跡地」をデコレーションしたときの様子

── いいじゃない。やりたいことがあるのは、いいことよ。東京に来ることがあったら、いつでも遊びにいらっしゃい。誰かの人生の途中経過を聞くって、私の人生のひとつの楽しみでもあるの。「ハコ」に、「ミドリ」を。貴女に、愛を。じゃあね、今日は気をつけておかえりなさい。

滋賀県を拠点とする「ハコミドリ」

— 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花 —

(一部写真提供:ハコミドリ

お話を伺った人

周防苑子(すおう そのこ)
1988年 滋賀の生花店に生まれ、幼い頃から植物に囲まれた日々を送る。学生時代を京都、会社員時代を東京で過ごし、2014年夏 帰郷後、実家生花店で働き始める。2014年11月、ソロプロジェクトとして「ハコミドリ」設立。家屋解体時の廃ガラスを自身で再加工したハコをはじめ、様々な空間にミドリを入れて提案。2016年春より、滋賀県湖岸にアトリエを構え、更なる活動を計画中。

ハコミドリについて

ハコミドリ

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【かぐや姫の胸の内】多様な生き方が選べる現代だからこそ、女性の生き方を考えたい──